合同会社の落とし穴3~社長が行方不明!どうすればいい?~
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平成17年の会社法制定によって、新たに設立できるようになった合同会社。
大企業から個人事業主の法人成りまで幅広く利用され、自由な経営形態を選択できると評判の合同会社ですが、大事なポイントを見落とすと設立してから「こんなはずではなかった…!」と後悔することも。
今回は仲間同士が出資者(社員)となった合同会社の事例を通して、設立前に知っておきたい合同会社の注意点を解説します。
目次
事例
社長が行方不明になったCさんの場合
IT企業をやめたCさんは、以前の同僚Dら4人とともに、AIによる業務改善システム開発を主な事業とする会社「合同会社エーアイ作るぞ」を設立することにしました。
出資金を出す社員(従業員ではなく出資者のこと)はCさん含めて全部で5人。
以前の会社のワンマン経営が不満だったため、全員が業務執行を行い、社長の選任や定款の変更も社員全員の同意で決めることにしました。
そして、Dを社長として「合同会社エーアイ作るぞ」は事業を開始しました。
5人で協力してシステム開発を始めたものの、AIブームの影響か電子機器の価格が急騰し、十分な機器を備えられないために開発は難航し、資金だけが目減りしていったのです。
金融機関から受けられる融資も底をつき、会社は二進も三進もいかない状況に陥りつつありました。
ところが渡りに船とばかりに「合同会社エーアイ作るぞ」の技術力と展望に目を付けた投資家Eから多額の事業資金を出資するという話が持ち掛けられました。条件は「自分も会社の社員に入れて利益も等分すること、ただし経営のことは従来通り5人で決めていい」というもの。
利益配当の必要はあるものの、経営権は従来通り自分達にあることに不満のないCさんは、さっそく他の社員と出資の受け入れを決定しようとしました……
ところが、将来を悲観したのか、出張に出たはずの社長Dが行方不明になっていたのです。
新しく社員を加入させるためには「定款の変更」が必要であるため、行方不明の社長Dも含めた5人全員の同意がなければなりません。
「出資を受けられないと会社が潰れてしまう!社長Dがいなくても定款を変更して社員を加入させる方法はないの!?」
※この事例はフィクションです。実在する一切の個人・団体とも関係はございません。
事例の解説
問題となる会社法の条文
第604条1項 持分会社は、新たに社員を加入させることができる。2項 持分会社の社員の加入は、当該社員に係る定款の変更をした時に、その効力を生ずる。第607条 社員は、…(中略)…次に掲げる事由によって退社する。1号 定款で定めた事由の発生2号 総社員の同意3号 死亡8号 除名第637条持分会社は、定款に別段の定めがある場合を除き、総社員の同意によって、定款の変更をすることができる。第859条持分会社の社員について次に掲げる事由があるときは、当該持分会社は、対象社員以外の社員の過半数の決議に基づき、訴えをもって対象社員の除名を請求することができる。5号 …重要な義務を尽くさないこと。
何が問題なのか?
合同会社では、原則として、会社の決まり(定款)を変えるときには社員全員で決める必要があります 1。
そして、新たに出資者(社員)を増やすときには定款を変更しなければ無効となります(問題となる会社法の条文:604条を参照。)。
したがって、新たに社員を増やすときには社員全員の同意がなければなりません。
本事例のように社員のうち1人全員でも同意が得られない状況に陥ると、経営が進まなくなってしまうおそれがあるのです 2。
ちなみに、社長Dの同意がないまま投資家Eを社員として登記しようとしても却下されます 3し、同意があったような書類を偽造して登記を申請すると犯罪になるおそれ 4があります。
どうすればいいのか?
予め定款で別のルールを設ける
どんな方法か?
原則として、定款の変更には社員全員の同意が必要ですが、予め定款で別の定めを置いて、要件を緩和することができます 5。
- 総社員の3分の2以上の同意で変更できる
- 業務執行社員全員の同意で変更できる
- 社員総会を開催し、過半数の社員の出席&出席社員の過半数の賛成で決定する 6
など、様々なルールを定めることが可能です。
- 社員に事故がある場合 7は、その他の総社員の同意によって決定する
という、万が一の場合に備えたルールを設けることもできます。
デメリット
ただし、いずれも問題が発生する前にやっておかなければならない措置です。本事例のように社員が行方不明になったのであれば、定款を変更することができないからです。
社員を退社させる
合同会社では簡単に辞めさせられない?
問題が起こった後にできる対処方法としては、社員をやめさせる選択肢があります。合同会社・合資会社・合名会社の社員を辞めることを「退社」と言います。
ただし、株式会社の取締役を解任したり 8、従業員を解雇するように簡単に辞めさせることはできません。
合同会社では、本人の申し出によって辞める場合(任意退社:606条)を除いては、法律で定められた事由がなければ退社させることはできないのです(法定退社:607条1項)。
法定退社の事由としては、定款で予め定めた事由(1号)のほか総社員の同意(2号)、死亡(3号)などがありますが、行方不明というものはありません。
そこで、本事例でDを辞めさせるためには除名という方法を使います。
合同会社における社員の除名の裁判
除名をするためには、除名対象社員以外の過半数の社員の決議に基づき、除名を請求する「裁判」をしなければなりません(859条:「訴えをもって」)。
今回の事例では社員は全員で5人ですが、除名対象となるDは決議から除かれます。
4人中3人以上の賛成があれば過半数の決議となるので、裁判所に除名の訴えを起こすことができます。
ただし、過半数の決議があれば誰でも除名できるわけではなく、勝手に同業他社で働いたり(2号)、不正な業務執行があったり(3号)、重要な義務を尽くさない(5号)等の理由がなければなりません。
本事例のDはどうでしょうか?
合同会社の業務を執行する社員が負う重要な義務に、誠実・忠実に会社の職務を果たす義務(593条:善管注意義務・忠実義務)があります。行方不明になればそれらの義務を果たすことはできませんから、「重要な義務を尽くさない」ことを理由として裁判で除名を請求することができると考えられます。
除名判決が確定すれば、Dは「合同会社エーアイ作るぞ」の社員ではなくなるので、残った社員全員の同意によって、投資家Eを社員に加入させることができます。
デメリット
会社内部の手続だけで終わらせることはできず裁判を起こさなければならないので、やや手間とコスト(訴訟費用だけならば1万3千円 9)が掛かります。
なお、定款で「他の社員の過半数の決議により退社する」という規定を置いても無効であるとした裁判例があります 10。
問題が発生した後にできる対処方法は限られており、事前の措置と比べるとコストが掛かるということです。
最後に
社員全員が平等の権限を持つ合同会社で起こり得る問題と対策について、簡単に解説をしてきました。
合同会社は、社員同士の結び付きが強く出資額に関わらない平等な決定権を持つことが特徴ですが、社員一人一人の権限が強いために会社運営に支障をきたすケースも起こりえます。
事前に定款でルールを決めておくことで問題が生じても少ないコストで解決できることがあれば、それらを整備しておかなかったせいで事後に大きなコストを投じてやっと対処できる問題もあります。
安心して経営をするためにはまず足元(定款・社内システム)を万全にする必要があります。
「こんな会社にしたいのだけど、どういう定款にすればいいのか?」
「今の会社の定款に問題はないだろうか?」など
気にかかることがありましたら、お気軽にご相談ください。
行政書士は、法律に基づく書類作成の専門家です。定款変更の決議書や社員退社の同意書等の書類をご用命の際はご依頼ください(登記申請書や訴状など司法書士・弁護士の作成すべき書類は除きます)。
【松葉会計事務所・松葉行政書士事務所】
担当行政書士:松葉 紀人(まつば のりひと)
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【 脚 注 】
- 問題となる会社法の条文:637条を参照。 ⮥
- なお、契約を結ぶか否かなど業務執行の決定は、(業務執行)社員の過半数の多数決で決定するので、常に全員一致が必要となるわけではありません。 ⮥
- 商業登記法24条8号(添付書類の不備)又は10号(無効又は取消し原因があるとき)。 ⮥
- 私文書偽造罪:3カ月以上5年以下の懲役(刑法159条)や公正証書原本不実記載罪:5年以下の懲役又は50万円以下の罰金(同157条1項)など。 ⮥
- 会社法637条には「定款に別段の定めがある場合を除き」とありますから、別のルールを定めることも可能です。 ⮥
- 株式会社では株主総「会」や取締役「会」といった会議を開いて議決することが必要ですが、合同会社では法律上は会議を開く必要がありません。電話やメールで各自同意をしたり、同意書を回覧して署名押印をしてもらう方法も採ることができます。 ⮥
- 「事故がある」とは、業務の執行ができない・支障があることを指します。本件のような行方不明のほか、天災や病気などで意思表示ができない場合が該当します。 ⮥
- 株式会社の役員及び会計監査人は、いつでも辞めることができますし、株主総会の多数決などの手続を経ればいつでも辞めさせることができます(会社法339条1項、民法651条1項)。理由の如何に関わらず解任できますが、正当な理由がなければ損害賠償責任を負う点には注意が必要です(会社法339条2項、民法651条2項)。 ⮥
- 民事訴訟費用等に関する法律4条2項により訴額は160万円とみなされ、訴訟費用は1万3千円となります。参考:最高裁判所HP:手数料 ⮥
- 東京地判平成9年10月13日判時1654号137頁。旧商法(86条1項)時代の合資会社の裁判例です。私的自治と除名対象者社員の利益保護のバランスを取るために、裁判所の判決によってのみ除名することを認めた強行規定であるとしました。 ⮥