【書評】島並=上野=横山『著作権法入門 第2版』
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目次
概要や対象読者
研究者の共著による著作権法を解説した教科書です。
インターネット等を活用した著作物利用に関する平成21年改正、違法ダウンロードの刑事罰化等を含む平成24年改正、電子書籍に対応する出版権の整備等の平成26年改正など著作権法の改正や、平成27年4月までの判例、社会情勢などを反映しています。
「入門」とありますが、条文や判例・通説の紹介だけにとどまらず、制度の趣旨や掘り下げた記述や最新のトピック、学説の対立や有力説の解説も充実しており、法学部生・法科大学院生のテキストとして初学者から司法試験受験生まで使えると思います 1。本文は320頁ほどなので、学生なら通読も容易でしょう。
「著作権について知りたい。でも結論だけ書かれた入門書では物足りない。」という法学部以外の方や仕事で必要な方にもおすすめです 2。
構成や印象に残った箇所
構成
構成は、全8章。
「第1章 著作権法への招待」には、著作権法とは何か、なぜ存在するのか、どういう法制度なのかという全体の見取図があり、残りの7章で著作権の内容や活用、権利侵害についてオーソドックスな順序で条文解説がしてあり、著作権法全般をカバーしています。
具体的事案や具体例を交えた解説も多用しています。条文の後には「例えば~」と法律が適用される具体例を載せている箇所が多く 3、重要な判例については事案と判旨をスペースを取って記述してるため、抽象的な議論のみで眠くなることなく一気に読むことができます。
本書の特徴と印象
本書は共著ですが、共著本でありがちな理論的整合性の欠如というデメリットは目立たず、難しい論点や独自の見解についても読みやすく分かりやすい印象を受けました。
その理由の一つとして、一貫して「なぜそのような条文があるのか?」「なぜこういう制度を設けているのか」「なぜ意見の対立があるのか」という「”なぜ?”からの記述」があると思います。
本書の執筆にあたり、著者一同は、現在の著作権法学および著作権法実務の達した状況を客観的にとらえると共に、「なぜそうなのか?」という理論的根拠を、私たちなりに考え、できるだけ明確に記述することを心がけました。不十分なものであっても、現時点での私たちの思考過程を明らかにするこで、混迷する著作権法分野における新たな問題への対応方針を示そうとしたからです。(初版はしがきより)
この理論的根拠から現実に発生している問題への対応方針を示したものとして例えば次の箇所があります。
会社で仕事に使うために書籍(他人の著作物)をコピーするのは、著作物の私的使用目的の複製(著作権法30条)が適用されず違法となるというのが通説ですが、本書は異論を唱えています。
私的使用のための複製に関する権利制限の正当化根拠は、主に、①個人の私的な領域における活動の自由を保障する必要性があること、および①私的使用目的のような軽微な利用にとどまれば、たとえ放任しても著作権者への経済的打撃が小さいこと、にある。(173頁~174頁)
裁判例では、企業その他の団体において内部的に業務上利用するためになされる複製は、私的使用目的とはいえないとされた例がある。通説も、私的使用目的ではない複製が企業や大学等で広く行われていることを認めつつも、それらはすべて違法であるとしている。もっとも、企業等でなされた業務上の複製の使用目的は、…「個人的」な使用と評価できる場合も中にはあるのではないか。…個人の限られた私的領域での活動の自由を保障する必要性と、著作権者への経済的打撃の程度を創刊的に考慮した上で、使用の目的(個人的な使用かどうか)が個別的に判断されるべきであろう。(175頁)
「なぜ個人的使用の複製は適法なのか?」という条文の趣旨から説き起こすことで「広く行われているから」「事実上必要だから」という理由にとどまらない説得的な提言となっています。
その他の独自の見解を記載した部分でも、条文や制度の趣旨から論理的に展開しているので、読者が置いてけぼりにされることなくついていけます 4。
他に、従来の教科書で見られなかった説明や、詳細な解説があることで印象に残った箇所を挙げておきます。
・創作性における「選択の幅論」の解説(31頁)
・共同著作の「共同性」要件(85頁以下)
・「キャンディ・キャンディ事件」判決の背景にある価値判断(168頁)
・引用における「主従関係」と「正当範囲」の違い(187頁)
・共有著作権の行使の合意を妨げる「正当な理由」と「理由がない場合の処理」(273頁以下)
・「依拠性」「類似性」を権利侵害の共通要件とする位置付け 5(286頁以下)
・「表現上の本質的特徴の直接感得」の判断基準 6(289頁以下)
コンパクトな教科書1冊でこれらの論点をカバーできるのは、試験対策としてもビジネスで使う上でもとても便利だと思います 7。
誰もが著作権に関わる時代のテキスト
ビジネスの場だけでなく、SNSや電子出版などを用いて誰でも簡単に著作物を発信し利用できる現代においては、著作権を侵害する危険性や著作権を侵害される可能性は、誰もが有しています。
実際にネットでのパクリ疑惑、絵や文章の無断転載、著作物使用料の徴収など著作権に関する事件やニュースは巷に溢れています。それらを「マナーの問題」や「許諾を取ればいい問題」としてみるだけでなく「なぜ違法なのか?」「なぜ適法な場合があるのか?」という著作権法の理論と制度を学ぶ機会にしたい方もいると思います。
学生や法曹実務家だけでなく、広く著作権法を学びたい人のテキストとしても本書をお勧めします。
【 脚 注 】
- 当然ですが、司法試験対策にはこれ1冊だけではなく判例集や問題演習本は必要です。 ⮥
- とはいえ専門書の部類に入るので、「所有権」「権利の濫用」「抗弁」などの用語や条文の読み方が分からない方が著作権のことを知りたい場合は一般向けの入門書の方がいいかもしれません。 ⮥
- 例えば、創作性における表現・アイデア二分論について夏目漱石『こころ』を例に解説する箇所(33頁)や応用美術(40頁以下)、みなし著作者人格権侵害の具体例(133頁)などが挙げられます。 ⮥
- 私個人は本書記載の見解のすべてに同意するわけではありませんが、反対するに当たっても見解の根拠が明確であれば建設的な批判ができます。 ⮥
- 従来は「依拠性」「類似性」を複製権(翻案権)の侵害要件とするものが多かったように思います。しかし、例えば演奏権・口述権においても依拠性・類似性が問題となります。そこで著作物利用の共通の侵害要件と位置付けた上で譲渡権侵害などの場面では当然該当するので問題とされないだけと解するのが妥当だと考えます。 ⮥
- 聞き慣れない「直接感得」という言葉のために著作権法を難しくする原因の一つに挙がりますが、「創作的表現の共通性」と解説していることで理解が進みました。 ⮥
- ただし、コンパクトゆえに記述が薄い部分はあります(パロディと引用(185頁)や「カラオケ法理」(304頁)など。)。しかし、注釈で参考文献を掲げてあるので本書を論点の足掛かりとして使う分には十分だと思います。辞書的な利用をするなら本格的な体系書やコンメンタールを使えばいいでしょう。 ⮥